ドゥルーズ『シネマ』を読む

ドゥルーズ『シネマ』「第三章モンタージュ」の読書会。議論の中心となったのは、intervalleについて。グリフィスから始まり、エイゼンシュテインなどのソビエト派まで。
以下にそれぞれのintervalleについて書いておく。
・グリフィス―「全体がintervalleのなかへと移行する。」(p.50)
エイゼンシュテイン―「intervalleつまり多様な現在は質的飛躍となる。」(p.56)
・ヴェルトフ―「ヴェルトフにおいて、運動のintervalle、つまり一瞥、目(カメラアイ)」(p.60)
ドゥルーズによれば、特にエイゼンシュテインにおいては、有機的な対立の弁証法とパトス的な質的飛躍が問題となるのでありその関係のなかで、intervalleを捉えていく必要がある。
これがバタイユと繋がるのかどうかは謎である・・・