「痙攣的な美」

アンドレ・ブルトン「痙攣的な美」における記号論的な一貫性とは?
ブルトンは著書『狂気の愛』のなかで、「痙攣的な美」あるいは「驚異的なもの」というシュルレアリスムの中心的な理念について語っている。シュルレアリスム的な美であるこの「痙攣的な美」とは、思いがけない掘出物の偶然の出会いによって新しい意味が生み出される瞬間に起こる。言い換えると、それは実際に存在する対象や意味を別のコンテクストに置き換えることによって、現実を越えた「新たな意識」、あるいは超現実を再現=表象することを意味しているのである。だがブルトンにとって重要だったのは、超現実が決して現実を超えた現実を意味するのではなく、それをいかに現実へと表象するか、つまりいかにエクリチュールとして現実へと表象するかということであった。てな感じ。・・・ここからどうやったら「記号論的一貫性」に繋がるのか?